2019年10月5日土曜日


【 風の歌を聴け 】

「完璧な風というものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」



    「君は風を読もうとしているんだよ。完璧な風をね。
けれども完璧な風といったものは存在しない。
風の歌を聴くのさ、そう、読むんじゃない聴くのさ」



―一体どういうことなんだい?―

彼の言っていることはあまりに空漠たるものに聞こえ、ある種のメタファーの類だとしても僕の頭で理解することは難解を極めるものであった。
だいたいこの青年は誰なのだろうか。
たまたま海岸で知り合って、ある種の親近感を感じあったことまでは確かであった。
軽い話でもしようかと、近くの喫茶店に寄ったこともまた確かであるのだ。
だが、店に入るやいなや、先程の彼とは打って変わった様相で僕に語りかけてきたことが問題の一つで、僕はそのことに驚きを隠せず、コーヒーに注いでいたスティックシュガーを少しこぼしてしまった。
一体何なんだろうか。
風を聴くだとかどうとかの話には全くの説得力も無かったし、周りよりも理論や理性を重んじている僕にとって、彼の話についてある種の侮蔑の感情まで抱きつつあった。
それに知り合って間もない彼の漠然とした話にただただ唖然とするばかりであったし、
まだ何も知らない状態で、僕についてのあれこれを言われる筋合いはないとも思った。


「君が何を言っているのか僕にはさっぱりだよ。
僕の何が問題だって言うんだい?」


彼と目を合わせる度、一体何者なのかが分からなくなってくる。


彼は頼んでからまだ一口も飲んでいないアイスティーを自身の方へ引き寄せ、一定のスピードでマドラーをかき回しながら言った。


「僕から言わせてもらうに君は今まで全ての事象を理論で解決できるものだと思ってきた。それが自然であってもね。何事も頭で考えるあまり柔軟さが欠けてしまっているに違いない。
そうだな、例えばこうとでも言ってみよう。
風っていうのは要は指揮者。コンダクターと一緒なんじゃないかとね。赤子のコンダクターとでも言ってみようか。
僕には、―無論まだ今この一度しか見ていないが―君が風を理論と知識で風をコントロールしようとしているように見えたよ。
もちろんある程度の理論と知識が必要なことは承知してるし、大切なことだと思う。
けれども泣いた赤子に理論や知識は通用しないだろう。
コントロールなんて以ての外、お手上げ状態さ。
じゃあまず君は何をするのかということ。
それはまず彼の表情を見て感じ取るんだ。ここで言う歌ってものをね。
この子は何を欲しているのかじーっくりと見つめる。感じ取るのさ。
そうしたら次第に機嫌が良くなっていく。―もちろんひたすら泣くばかりで祈りを捧げる程にお手上げ状態な場合もあるが―分かるかい?
そして君はコンダクターの指揮に楽器を合わせて音を奏でる。風も同じなんだよ」



彼は言いたいことを言い終えると、アイスティーにガムシロップを二、三個入れ、それを美味しそうに喉に流し込んだ。
喫茶店内には単調なリズムのジャズクラシックが流れている。
誰かは分からないがプロの演奏家であることはわかった。
そのジャズクラシックは些か単調ではあるもののその中身は繊細で無駄が無く、心地良い調和を感じ取ることが出来た。
その単調なリズムさ故か、二人の間に流れる時間がとてもゆっくりと曖昧で、だがそれは明瞭な感覚すらも残して過ぎているように感じられた。
僕が考え込んでいる間、少しの沈黙が続いた。


「なるほど」


少し経った後、僕は取り敢えず頷いた。
言いたいことは山ほどあったが取り敢えず頷いた。

「確かに君の言いたいことは少し理解出来た気がする。
確かに僕はどちらかと言うと理論派の人間だし、今までもそしてこれからも頭で考え、知識をつけさえすれば何事も解決出来ると思っている。
それは確かに当たっているし、柔軟さが足りないのも薄々感じていた。
改善すべき点はあると思う。
けれども、風の歌を聴くことのあれこれについては詳しくは理解できないんだ。
まだ説明が足りないみたいなんだよ。
君のガムシロップの量は些か足りすぎてるように思えるけど」


彼は感心したように軽く頷いた後、アイスティーの氷をかき混ぜながら
食べ物をゆっくりと咀嚼して飲み込むようにじっくりと考えを整理した。
また、彼がアイスティーを混ぜている時は何かを考え込んでいる時であるように見受けられた。


「君に話さなければいけない事はまだたくさんある。
けれどもそれを話し終えるにはあとアイスティーとガムシロップが数十杯は必要だ。
だから要点だけを切り取って話す。いいかい?」

僕は黙って頷いた。

「まず、君のセイリングを見て思ったことは主に2つ
船の扱いと船のバランスを見れていないことが改善点だと思う。
さっきも言った通り風の歌を聴くことが大切なのは分かってもらえたと思う。
船の扱いは楽器と同じで慣れと技量がなくてはならない。
だから単純に技量がない演奏者は指揮に合わせることが出来ないし、
音楽を奏でることは難しいだろうね。

それに船の扱いに慣れていないと、船を動かすのに精一杯で、
船のヒールに目を向けれてないことが目に付いたよ。
風や波の細かい流れを疎かにしてたんじゃないかな。
上位の船は、セイルがきちんと風を拾えていて、傾きもぐらつきも殆ど無かった。
それ故に、船のバランスの小さな差が大きな距離とスピードの差を生み出しているんだと思う。
風の歌を聴く、そうすれば次第に船が風と一体化していくはずさ」


「なるほど」

僕は彼の言った言葉の一つ一つを反芻してゆっくり飲み込んだ。
事の核心を理解することにはまだ及ばないけれども、自身の問題点は少し解消されたのではないかと思えた。

数十分の間二人の間にまた沈黙が流れた。それは先程の沈黙とは違い穏やかな沈黙であった。
彼の初めの言葉を飲み込むのにはまだ時間がかかりそうだった。
時間が過ぎるにつれ、なぜだか分からないが僕は無性に外に出たくなった。
正確には外に出て風を感じてみたくなったからだ。
僕はそろそろ外に出て一緒に浜を歩こうと誘ったのだが、
彼はまだここに居たいと言ったので別れることにした。
僕は千円札を机にそっと置き、氷の溶けきった薄いアイスコーヒーを飲み干した。
喫茶店を出る別れ際に、彼は少し微笑んだ後ゆっくりと口を開いた。
「君にはまだたくさんの課題が残っているよ、
君のそのコーヒーのアイスは溶けきったけれど、まだまだ溶けきらない問題はある。
でも君がもしこれから様々なことと向き合って変えていく努力をし続ければ、ゆっくりと氷は溶けて消えていくはずさ。
その時はこうして二人で会うことは無いだろうね」
僕は不意に笑みがこぼれて、にやりと笑い、そして振り返って外を出た。
彼はそう言い残すと、アイスティーをまた美味しそうに流し込んで、またかき混ぜた。



喫茶店を出た頃には辺りは赤黒く染っており、夕陽は沈みつつあった。
僕は海岸に降りて、浜辺を無心で走り抜けることにした。
正確には体が勝手にそう動いていたのだ。
僕は走り抜けた。
夕暮れの肌寒い風が体全身に当たり、とても心地よく感じられた。
海岸をひたすら走り抜けると、どっと砂浜に倒れ込んで、空を見上げた。
無心な感覚の中、初めて風という風を感じ取ることが出来たような気がした。
今までにない感覚だ。
そう、あれは完璧な風だ。ふと僕はそう思った。
完璧な風なんて存在しないのだけれども。

―風の歌を聴け―

僕は初めて風の歌が聴こえた気がした。小さな小さな声の歌だった。
僕はまた不意に笑みがこぼれてしまった。
最後に彼と話した感覚にそっくりであった。



一体彼は何者だったのだろう。
ふと彼を思い出してはあの日の出来事を回想することもよくある。
彼とはそれっきり会ってはいないし、いつも会っているような気もする。



村上春樹風ヨットのあれこれ






新しくブログを始めました1年のりゅうまです。
これからはヨットの素敵な写真を載せていこうと思います。
よろしくお願いします。






2019年3月1日金曜日

2/27の練習

~~Today menu~~         by Naoki Toya
・マークを打って、右回り左回りに回る
・並走

Today conditions
3m/s   曇り

感想
久しぶりの練習で艤装を忘れてしまっていたので徐々にまた思い出していきたいです。とてつもなく寒かったのでセーリング用のソックスを買いたいと思いました。監督曰く1000円とかで売ってるそうなのでぜひお買い求めください。

2019年2月26日火曜日

2/23の練習

気温10℃弱、風めっちゃ強い、控えめに言って地獄。寒すぎて感情を失った。
南国出身の自分には冬の海はきちい(東京都調布市出身)
お湯で出来た海が欲しい

久々に拓大の同期と練習した。相変わらず上手くて自分も頑張ろうと思った。

練習中に被ってたニット帽が邪魔でレスキュー艇に投げたら見事にポチャった。
もういいやってニット帽のこと諦めかけてたけど
「イムティ、帽子あったよ!」振り向いたらイケメンがいた。そう、監督である。わざわざ見つけて取ってくれたのである。どこまでイケメンなのか。

そんなタフな監督でも練習は朝早くて眠いらしい。何かちょっと安心した。遅刻してごめんなさい。